大阪地方裁判所 昭和29年(わ)1954号 判決 1956年3月30日
本籍並びに住居
大阪市福島区今開町二丁目七十五番地
総評大阪地評一般労連書記長
岡五郎
明治三十九年一月十八日生
(他八名)
右被告人等に対する威力業務妨害、被告人向井主司、同菊川審一に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、被告人西尾斂、同児玉晋、同黒田憲二に対する暴行、被告人西尾斂に対する傷害各被告事件につき当裁判所は検察官湯川和夫出席の上審理を遂げ次のとおり判決する。
主文
被告人岡五郎、同野間五郎、同黒田憲二、同西尾斂を各懲役五月に、被告人新山福夫、同葛西宇一郎、同向井主司、同菊川審一、同児玉晋を各懲役四月に処する。
但し被告人等に対し、本裁判確定の日から各一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人西池俊介、同計盛重治、同武田武一、同山本四雄、同槇要に支給した分は被告人等の連帯負担、証人安田文秋に支給した分は被告人西尾斂の負担、証人佐武吉一、同高野三男、同仁科栄徹に支給した分は被告人向井主司、同菊川審一の連帯負担とする。
理由
被告人岡は総評大阪地評一般労連書記長であつて、爾余の被告人等はいずれも富田林市大字毛人谷五番地に本店を置き、大阪市阿倍野区阿倍野筋四丁目九十番地に大阪営業所を設けて、社長細原吉章が主宰していたタクシー営業共和タクシー株式会社(以下「会社」と略称)大阪営業所所属の自動車運転手で、同会社従業員をもつて組織する総評大阪地評一般労連傘下の共和タクシー労働組合(以下「組合」と略称)の組合員で、被告人新山はその組合長兼執行委員、被告人葛西は副組合長兼執行委員、被告人野間はその書記長、被告人向井、同黒田はいずれも執行委員の地位にあつたものであるが、右細原は会社の経営が困難に陥つたため、昭和二十八年十月末、組合に秘し、その経営の一切を西池俊介に委譲した。ところが同年十二月中旬頃に至り右の事実を聞知した組合側は経営者の交替に伴う組合員に対する従来の労働条件の変更を慮り、被告人岡の指導を得て右細原及び西池等と協議した結果、同月十八日頃に至り、社長が西池俊介に交替後も従来の労働条件はそのまま西池において受継する旨同人の口約を得た。然るに会社側は同月二十日頃に至り新給与案並びに歩合率等を新に提示し組合側にその了解を求めて来たが、その内容は組合員の従来の収入に比し著しく減少する予測であつたので組合側は西池の前記口約に反するこの処置に強く反対を表明し、組合側の空気は次第に険悪化し平穏に交渉を続行することが困難な状態を醸しつつあつた。
しかるところ会社側では同月二十四日に大阪営業所を前記阿倍野から同市城東区野江東之町一丁目二十二番地に移転することとなつたため、組合側でも同月二十三日大会を開いた上ひとまず新営業所に移り就労しつつ団体交渉を続けることに一決し、同月二十四日会社の予定のとおり野江へ移転したのであるが、その後も会社、組合、双方共依然その主張を変えず前記のような労働条件をめぐつての争議継続中
第一、被告人西尾は同月二十四日夕刻、前記野江東之町所在の営業所附近道路上において、同会社運転手安田文秋に対し、同人が会社側へ組合員の素行を報告したということから会社のスパイであると難詰し同人と口論の末、同人の身体を突きとばして同所路上に転倒させ、
第二、被告人向井、同菊川は共同して、右同日同営業所前附近において、同会社運転手佐武吉一に対し、同人が第一記載と同様理由から会社のスパイであると難詰した上、被告人向井が同人の胸倉を掴み、被告人菊川が右手拳で同人の顎部を強打し、もつて両名共同して暴行し
第三、被告人児玉は同月二十七日右営業所内で前記西池俊介と組合員とが団体交渉中、前記の如く西池が口約を無視したことから同人に誠意がないと立腹の末、同人の顔面を手拳で殴打し
第四、組合側で営業所が野江に移転後も前記の如く団体交渉を続けていたが、容易に妥結の方途もつかないのに会社側は組合員以外の一部新規採用の運転手を使用して営業に当り著しくその業務の運営を阻害されない状態にあつたため、被告人等は争議の実効があがらないものと考え他の十数名の組合員等と右営業所車庫内に格納せる営業用自動車を強いて他に搬出し、会社の業務を不能に陥入れて会社に圧迫を加え、もつて団体交渉を組合に有利に導こうと共謀の上、同月二十八日午前十一時三十分頃組合員上野慶一外七名をして同営業所車庫内から会社所有の自動車を運転搬出せしめようとしたところ、会社側ではこれを阻止するため右西池外十名の者がその自動車の周辺に群がりその車体を引止め、或は進路を塞ぐなどして極力その進発を妨げたが被告人等は他の組合員数十名と共に威圧を示して、これを押し除け、或はその身体を拉してその抵抗を排除し会社所有の営業用自動車大五―一七六一〇号外七台を右営業所外へ運転搬出し、そのまま、前記細原所有の旧大阪営業所阿倍野車庫まで運転し、ひとまず同所に格納した上、右自動車タイヤの空気を抜き更に古自動車や板箱等をもつてその周囲を囲い、或は監視者を附するなどして同所よりの搬出移動を困難ならしめ、その後数回にわたる会社の返還要求をも峻拒していたところ翌昭和二十九年一月四日頃に至り、会社側からの奪還をおそれた結果、右自動車八台を更らに大阪府南河内郡長野町字天野山四百七十四番地上野慶一方外数カ所に分散疏開して、会社側からのその所在の追及及び奪還を阻みもつて威力を用い会社の右自動車八台に対する管理使用を不能ならしめて会社の業務を妨害し、
第五、被告人黒田は同年一月七日午後六時過頃、大阪市西成区玉出本通一丁目四十八番地玉ノ井旅館附近道路上において、組合員である運転手赤坂三右衛門に対し、同人が組合活動に協力しないと難詰した上、同人の頸部を手で数回殴打し、
第六、被告人黒田は右同日午前七時頃前記旧大阪営業所事務所内において右赤坂に対し、組合に協力しなかつた理由につき弁明せよと申し向けて同人の顔面を平手で数回殴打し、
第七、被告人西尾は右同日午後七時過頃前記旧大阪営業所車庫内において、右赤坂に対し、同人が組合活動に協力しないことにつき、なんらの反省の色もないことを立腹の上、同人を同所コンクリート床上に投げつけて転倒させ、よつて同人に対し、治療約二週間を要する右胸部、後頭部、頸部打撲傷の傷害を負わせたものである。
証拠を案ずるに右の事実中
判示冒頭の事実は
一、被告人等の当公廷における各供述(証拠の部分省略)を綜合して各これを認定する。
法律に照すに被告人等の判示所為中、被告人西尾斂の判示第一、被告人児玉晋の判示第三、被告人黒田憲二の判示第五、六の各所為はそれぞれ刑法第二百八条に、被告人向井主司、同菊川審一の判示第二の所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に被告人等の判示第四の所為は刑法第二百三十四条、第二百三十三条、第六十条に、被告人西尾斂の判示第七の所為は同法第二百四条に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人西尾斂、同児玉晋、同黒田憲二、同向井主司、同菊川審一の前記各所為は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条により被告人西尾斂については重い判示第七の罪の刑に又被告人児玉晋、同向井主司、同菊川審一、同黒田憲二についてはいずれも最も重い又は重いと認める判示第四の罪の刑に各法定の加重をなした刑期範囲内で、その余の被告人については各その所定の刑期範囲内で被告人岡五郎、同野間五郎、同黒田憲二、同西尾斂を各懲役五月に被告人新山福夫、同葛西宇一郎、同向井主司、同菊川審一、同児玉晋を各懲役四月に処し、なお、被告人等に対してはいずれも情状をその刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から各一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用(訴訟費用の部分省略)
なお被告人並に横山、山本両弁護人等は、被告人等の判示、第四の所為は、正当な為議行為である旨或は会社の不当なロック・アウトに対抗してなされたもので組合に認められた争議権の範囲に属する正当行為であるから罪とならない旨主張するのでこの点につき案ずるに、元来争議行為とは労働関係の当事者がその間において労働関係に関する主張の一致しない場合において自己の主張を貫徹することを目的として行う行為又はこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害する行為ではあるが、法は労働者の団体と使用者とが対等の地位に立つて交渉し、公正な労働条件を定め労働者の地位の向上を図らしめる意図から、それがその目的及び手段等において正当に行われる限りその責任を免除しているものである。故にその手段として労使一方の暴力により不当に他方を抑えるが如きは到底正当なる行為とは言えないのであつてこの正当性の評価は帰するところ健全なる社会の通念と現行労働諸法規の精神を基礎として断案さるべきものである。従つて右の立場に立ち考えると元来企業の経営と管理は使用者に属するものであるから争議行為の目的を達するためのものであつても、使用者の意志に反して威力を用いてその経営に関する全部又は一部の支配を排除し、労働者の手により生産手段を排他的に占有し、もつて使用者の使用収益権を剥奪する等のことは終局において使用者の企業者たる地位を奪うことに帰するからかかる行為は前記争議における労使対等の原則を破り正当なる争議行為の範囲を逸脱したものと言わねばならないのである。ところで本件についてこれをみるに被告人等の行為は判示の如くであつて使用者たる会社において管理使用中の営業用自動車を多数の暴力を伴う威力を用いて搬出占有しこれに対する会社の管理使用を不能ならしめその業務の遂行を妨げたものであるからたとえその目的が団体交渉を組合に有利に導こうとするものであつたとしても、かかる行為はすでに正当な争議行為の範囲を逸脱したものと言わなければならない。横山弁護人は本件搬出自動車の車体検査証及び車庫名義が細原吉章及び阿倍野営業所になつていたことを被告人等の行為の正当性を理由づける要件としているものの如くであるが、被告人等においても前記細原吉章から西池俊介に対する実質的権利承継の事実及び営業所移転の事実等を認容し、かつ既に争議中であるのに会社の方針に従つて新営業所に赴き同所において就労していた事実或は新営業所へ移転後も会社の主張には従来の主張と差異のなかつた事実等を勘案すれば、ただ車体検査証や車庫名義の書替えがおくれそれが旧名義のままであつたと言うだけの理由で暴力を用いて為した本件自動車搬出行為の正当性を理由づけるわけにはいかない。更に、同弁護人の本件所為は会社の不当なロック・アウトに対抗してなされたものであると言う主張についても、会社において右の如き不当なロック・アウトに出でたと認め得るだけの確証がなくただ会社が組合員以外の一部の運転手を使用していた事実は判示の如くではあるが、これをもつて不当なロック・アウトとは言えない。更に横山弁護人は被告人岡、同児玉の別示第四の所為は、会社の不当なロック・アウトに対抗してなされたものであるから正当防衛ないしは緊急避難(又は過剰防衛及び過剰避難)或はいわゆる期待可能性のない行為としてその違法性若しくは責任性が阻却されるものである旨主張する。しかし会社が組合に対しその主張の如きロック・アウトの挙に出でたことを認めるに足りる証拠のないことは前述の如くであり会社において組合員以外の一部の運転手を使用したことが間接的に組合員に対する就業拒否になるとしてもこれは会社の経営権の行使として当然の措置であると言えるからこれをもつて組合に対する不正の侵害と言うことは出来ないし又判示の如き争議の経過からみても右の如きは会社のとるべき処置として当初より当然予想された行動と言えるから急迫な侵害でもなく、従つてそれは正当防衛行為には当らない。又被告人等の本件所為は法益均衡の上からも或は現在の危難を避ける唯一の手段であつたと認め得ない点から見ても到底緊急避難行為とは認め難く(尚過剰防衛又は過剰避難も、正当防衛、緊急避難の要件自体が認められないので当然認めることは出来ない)、更に被告人等においても判示所為以外に適法な行為を期待し難き情況下にあつたものとも認め得ないから、適法行為の期待可能性がなかつた行為とも称し難い。
従つて、上記被告人及び弁護人等の主張はいずれもこれを採用しない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西尾貢一 裁判官 守安清 裁判官 伊藤俊光)